東京高等裁判所 平成7年(ネ)1768号 判決 1997年5月29日
東京都千代田区外神田四丁目七番二号
控訴人
株式会社佐竹製作所
右代表者代表取締役
佐竹覚
右訴訟代理人弁護士
柏木薫
同
松浦康治
同
今井浩
同
柏木秀一
同
福井琢
同
長尾美夏子
同
斎藤三義
同
黒河内明子
右輔佐人弁理士
稲木次之
同
押本泰彦
愛媛県松山市馬木町七〇〇番地
被控訴人
井関農機株式会社
右代表者代表取締役
堀江行而
右訴訟代理人弁護士
安原正之
同
佐藤治隆
同
小林郁夫
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金三億四七一四万二六五〇円及びこれに対する昭和六一年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 第2項について仮執行宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決
第二 当事者の主張関係
次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人
1 原判決一四頁一行目の次に、改行して、付加する。
「 また、被告製品の選別板21の突起54の高さは、一・八ミリメートルであるところ、玄米粒を横たえたときの高さは二ミリメートル以上であるから、突起54が米粒と同じ高さを有しているとはいえない。この突起54の高さは、選別板21の底面から垂直方向の高さであるため、板面が左右方向に傾斜している被告製品の選別板21にあっては、穀粒に対する突起54の高さはより低くなる。さらに、被告製品の選別板21の突起54は、板面から一ミリメートルの高さで玄米粒に作用するとすれば、作用面からは、玄米粒よりもはるかに小さいものである。」
2 同六三頁六行目の次に、改行して、付加する。
「 また、検甲第二号証(ビデオテープ)の試験4及び5によれば、被告製品の選別板21においては、選別板21の揺上方向への移動時には、板面上の穀粒は、突起54のA面に接していようがいまいが、すべてA面の向いている排出方向へ四〇度の方向ではなく、排出方向と直角の揺上方向へ移動している。そして、板面が揺下方向へ復する際に、穀粒は、板面との摩擦抵抗による支持力を失うと共に慣性力によって揺上方向への運動を継続しようとするところ、板面には流下方向への傾斜が設けられているために重力の作用により流下方向へ移動するのである。この点は、高速度撮影をした検甲第三号証のビデオテープを見れば、より明白である。
また、検甲第四号証は、突起54の作用を検証するに当たり、選別板の流下方向への傾斜の影響をなくすために、流下方向の傾斜を0度にして選別を行ったものであるが、その撮影対象2によれば、板面上に少量供給された穀粒は、選別板を斜め上下に往復揺動させると、次第に揺上側に揺り上げられるとともに、流下方向への傾斜がないにもかかわらず流下方向に移動する。これは、板面の支持を失うとともに重力のために板面の傾斜の影響を受けるに至った穀粒は、突起54のA面の列が構成する溝に沿って排出側に移動するため、板面に流下方向の傾斜がないにもかかわらず板面上の穀粒は流下方向に移動するものであり、決してA面の押送作用によるものではない。これに対して、突起54のA面の向いた方向に穀粒を押送するためには、板面とともに穀粒を移動させるのではなく、「達磨落とし」のように穀粒を一定の方向にたたくような力を与えなければならない。しかし、被告製品のモーターの回転数ではこのような力を与えることは不可能である。
被控訴人提出の検乙第八号証の実験においても、被告製品の突起54を配した選別板の板面は、選別板が斜上方に揺動するときに、板面上の穀粒を支持し、板面とともに揺上方向に追随させる作用を奏していることが看取される。また、そもそも検乙第八号証における実験では、被告製品の回転数一分間当たり二三〇回転より多い二八〇回転で行われており、このため、穀粒をA面で突き飛ばす作用が生じやすいはずであるが、それにもかかわらず、このような作用が及んでいる穀粒は例外的にしか存在していない。このように、板面上の穀粒は突起54のA面の向く方向へ押送されているわけではなく、したがって、突起54は限定された方向にのみ揺り寄せる方向性を有しているわけではない。
また、そもそも突起54のA面に接している穀粒は、板面全体の穀粒のうちのごくわずかにすぎないにもかかわらず、板面上の穀粒全体が揺上方向に揺上げられていることからも、被告製品の選別板21においては、選別板21の板面全体が板面上の穀粒に対して摩擦抵抗作用を及ぼしていることが明らかである。」
3 同六五頁三行目「本件発明」から同頁八行目を、次のとおり改める。
「 本件発明は、原出願の出願当初の明細書及び図面の記載から分割されたものであるから、原発明とは別個の発明であり、それぞれ別個の出願過程を経て権利化されたものである。したがって、本件発明の特許権成立の過程における出願人たる控訴人の主張に拘束されることはあっても、これとは別発明である原発明の出願過程における主張には拘束されない。すなわち、本件発明の明細書の解釈に当たっては、本件公報の記載、本件発明を分割して出願した当時の当業界の粗雑面の意味についての認識、本件発明の審決取消訴訟の判決(甲第四号証)の認定等で理解すべきであるから、原出願の出願経過を参照する必要はない。
4 同六七頁二行目の次に、改行して、付加する。
「 控訴人は、本件発明の原出願に対する審決取消訴訟において、「(被告特許公報に開示されているもの)は流動摩擦抵抗とは言えない穀粒を押送する揺寄せ突起であり、しかも横とか左右とか限定された方向にのみ揺り寄せ得る特殊な突起であって、(原発明)でいう粗雑面には全く該当しない」(甲第六号証六頁六行ないし九行)と主張したが、これは、乙第一五号証(右審決取消訴訟における甲第一一号証)の試験結果に基づき、右試験に用いられたものが揺寄突起であって、これを配置した板面は、これを水平に揺動させると選別するが、斜上下揺動させると選別作用が失われる事実を前提として主張したものである。さらに、控訴人の右主張は、選別原理の相違に基づく主張であるから、この点を無視して、より一般的に「方向性のあるものは粗雑面ではない」との主張と理解すべきではない。
また、控訴人は、同じく、「粗雑面の形状は・・・要するにザラザラしたもので、凸凹の程度は撰別しようとする穀粒より決して大きなものでなく、その上、方向性を必要としないものであることは論を俟たない常識である。これに対して、(被告特許)のものは、・・・少なくとも穀粒と同等もしくはそれ以上の高さがあって押送できる構造であることを必要とし、その上揺寄せ突起には横側、横斜側、左側、右側等特殊な方向性が必須の要件となるものである。・・・(原発明)でいう粗雑面とはその範囲を異にした別種のものである。」(甲第六号証二一頁三行ないし二二頁五行)と主張したが、この趣旨は、粗雑面と揺寄突起との前述のような作用の相違に基づいて主張したものであって、凹凸の形態において限定された方向にのみ揺り寄せることができるという方向性のあるものは、常に「粗雑面」に該当しないと主張しているわけではない。」
5 同七七頁二行目の次に、改行して、付加する。
「 また、頂端線について検討すると、「該樋底7には該揺動運動により流動させると同時に、穀粒を片側一定方向に片寄せる作用をする揺寄せ突起t1、t2を多数整列構設させてあり、これは第2図に示す如く該樋底7より起仰角θをもつ突起t1、t2の頂端線8、8’は流樋1内の穀粒流動方向線Hに対して平行の0度角より60度角程度に至る角度αのものを、穀粒品質及び混入状態に応じて適当なる角度αに制定配置するのである。」(乙第二号証一頁左欄二〇行ないし二八行)との記載から明らかなように、被告特許の揺寄突起は、「樋底7より起仰角θ」をもつ突起で、その形状は乙第二号証第2図に示されているような形のものである。そして、「その沈下している玄米粒のみに対し、揺動運動を更に2次的に突起t1、t2の頂端線8、8’を以て右側或は左側に片寄せる作用をさせるのである。」(乙第二号証一頁右欄二行ないし五行)とあることから分かるように、起仰角θをもって立ち上がっている突起の上の縁辺が「頂端線」であるところ、かかる頂端線によって、玄米粒を一側に「片寄せる」作用を奏するのである(ちなみに、頂端線にかかる作用を奏させるような揺寄突起の形状は、必然的に乙第二号証第2図に示されているような形にならざるを得ないといえる。)。
これに対し、被告製品の突起54は、A面、B面等によって覆われ、丸みを帯びて板面上にふくらんだ突起で、A面の頂上に長さ約三・八ミリメートルの頂端線が形成されているが、穀粒の押送作用をするのは、A面であって、右頂端線ではなく、右頂端線は、何ら意味を有していない。」
二 被控訴人
1 原判決二五頁七行目の次に、改行して、付加する。
「(五) 控訴人は、検甲第二号証のビデオテープに基づき、被告製品の選別板21においては、選別板21の揺上方向への移動時には、板面上の穀粒は、突起54のA面に接していようがいまいが、すべて排出方向と直角の揺上方向へ移動している旨主張する。しかしながら、検甲第二号証によれば、ほとんどのものが、突起54のA面の向いている流下方向四〇度の方向に瞬間的に移動している。検甲第三号証のビデオテープも、仮に揺上方向に移動しているように見えるとしても、それは、実際の選別とはおよそかけ離れた一往復のみの高速度スローモーションが、控訴人にはそのように見えたにすぎず、突起54のA面の作用が顕著に表れる経時的変化の状態を捉えていないものである。検甲第四号証においても、揺上側への上動時に突起54のA面に接触した穀粒は、A面から揺下側には移動しないようにA面でがっちり受け止められて、揺上側への上動時には、揺上側方向とA面の方向の合成ベクトル方向に移動しており、A面に穀粒を押送する作用のあることは明らかである。控訴人は、選別板が下動し再び上動する過程において突起A面列に沿って穀粒が排出側に移動する旨主張するが、そのような現象が見えるのは、集団から離れて存在するほんの二、三粒であって、しかも、反復して認められる現象ではない。
検乙第八号証の実験は、被控訴人の選別板(検乙第一号証)及び粗雑面(網)の選別板(検乙第六号証)につき、流下方向の傾斜角度を水平0度とした選別試験をした。被控訴人の選別板の試験では、突起54のA面の方向を、<1>画面上下方向に対して画面右側でかつ画面下側に約四〇度の方向に設けてある試験(試験1)、<2>画面上下方向に対して九〇度の画面右側に設けてある試験(試験2)、<3>画面上下方向に対して画面右側でかつ画面上側に約四〇度の方向に設けてある試験(試験3)をしたところ、いずれの場合にも穀粒は突起のA面の方向に移動し、突起のA面が穀粒を一定方向に押送することを確認できた。粗雑面の試験(試4)では、穀粒は画面左側に停滞したままの状態で、板面構成には方向性のないことが確認できた。これらによれば、被控訴人の選別板の突起54は、穀粒を一定の方向に片寄せる押送作用があるので揺寄突起に該当することは明らかである。なお、検乙第八号証の実験で採用した毎分二八〇回転及び揺動振幅約二八ミリメートルは、通常の穀粒揺動選別状態のものである(乙第四二、第四三号証)。」
2 同三五頁九行目の次に、改行して、付加する。
「 なお、分割発明(本件発明)が原発明の出願日まで遡及するのは、分割発明が原発明に記載されているからである。それゆえ、分割出願の明細書の記載のみでは理解が困難なときは、原出願における出願経過を参照するのは当然のことである。」
3 同三七頁三行目の次に、改行して、付加する。
「(四) 被告製品の選別板21の突起54の高さは一・八ミリメートルであり米粒の高さが二ミリメートルだとしても、ほぼ同一といえるばかりで、なく、突起54が玄米粒に当たる部分は、玄米粒の最も横に出っ張っている部分、すなわち玄米粒の高さ方向の中間部分約一ミリメートルの部分となるから、作用からいえば、一・八ミリメートルの高さのある突起54は、玄米粒に対して二倍の高さを有することになる。」
4 同四五頁九行目の次に、改行して、付加する。
「 また、被告特許公報(乙第二号証)の特許請求の範囲には、「流樋の流動方向線に対し横斜或いは横にのみ穀粒を揺寄せ得る角度を有する頂端線をもつ揺寄せ突起を樋流底面に多数整列せる揺動籾選別機」と記載され、また、発明の詳細なる説明の項には、「而して該樋底7には該揺動運動により流動させると同時に、穀粒を片側一定方向に片寄せる作用をする揺寄せ突起t1、t2を多数整列構設させてあり、これは第2図に示す如く該樋底7より起仰角θをもつ突起t1、t2の頂端線8、8’は流樋1内の穀粒流動方向線Hに対して平行の0度角より60度角程度に至る角度αのものを、穀粒品質及び混入状態に応じて適当なる角度αに制定配置するのである。」(乙第二号証一頁左欄二〇行ないし二八行)、「その沈下している玄米粒のみに対し、揺動運動を更に2次的に突起t1、t2の頂端線8、8’を以て右側或は左側に片寄せる作用をさせるのである。」(乙第二号証「頁右欄二行ないし五行)と記載され、この記載と、乙第二号証の実施例の第2図に記載された構造を併せ検討してみると、右突起t1、t2の構造は、ある程度の厚みを持った金属板を流樋底7より起仰角θをもって切り起こして形成したものであり、その切り起こした突起の先端の切口全体を「頂端線」と称しているのであるから、頂端線とはいっても実質的にはある程度の巾をもった「面」であり、しかも、その巾が狭いものでなければならない理由も存在しないのみならず、選別する玄米と籾の種類を考慮すると、むしろある程度巾が広いほうがよい。そこで、被告製品の選別板の突起54を見ると、突起54は高さ一・八ミリメートルで、頂上に長さ約三・八ミリメートルの頂端部分が形成されているA面を有する構造である。しかし、A面66に楕円の玄米が接触するのは、A面66の底部であることはほとんどなく、大部分のものはA面66の上部において接触するので、A面66の上部が揺寄せ機能のほとんどすべてを担っているから、被告製品の選別板の突起54は、乙第二号証の揺寄突起の変形にすぎない。」
第三 証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する目録に記載のとおりである。
理由
第一 原判決の理由一項ないし五項3(七八頁六行ないし一〇二頁一〇行)を引用する。
ただし、次のとおり、付加し又は改める。
一 原判決九〇頁一一行目末尾の「撰別」を「撰粒」に改める。
二 同九八頁一行目の「縦振動」を「縦揺動」に改める。
三 同九八頁一〇行の「流樋」の次に、「の底面」を付加する。
四 同九九頁一一行の「撰別盤」の次に、「(1)(1)」を付加する。
五 同一〇二頁六行の「別」の次に、「することが」を付加する。
第二 原判決一〇二頁一一行ないし一一四頁三行を、次のとおり、改める。
4 右3(九)に認定したところによれば、本件発明の原出願に対する審決取消訴訟における控訴人の主張は、原発明の「粗雑面」とは、流動摩擦抵抗を生じるようないわゆるザラ付き面であり、穀粒を押送する揺寄突起で限定された方向にのみ揺り寄せ得る突起は該当しないのであり(同(1))、「粗雑面の形状は・・・各種のものが適用されるが、要するにザラザラしたもので、凸凹の程度は撰別しようとする穀粒より決して大きなものでなく、その上、方向性を必要としないものである」のに対し、穀粒と同等もしくはそれ以上の高さがあってこれを押送できる構造であり、特殊な方向性が必須の要件である被告特許のものとは別種のものである(同(3))というものであった。
そして、同訴訟における東京高等裁判所の判決(乙第一号証)も、控訴人の主張を容れて前記3(10)に認定のとおり、「本願発明の撰粒盤における粗雑面は、撰粒盤の縦の振動角βを有する縦振動の上向き行程において、玄米粒又は破麦粒は、粗雑面の流動摩擦抵抗により、撰粒盤と共に上方に移動」させるものとし、その上で「本願発明においては、粗雑面を形成する凹凸の方向性については、特に意図するものがないと認められるところ、成立に争いのない甲第四号証(被告特許の特許公報)・・・によれば・・・穀粒を流樋の一側壁に対し一定角度をもって片寄せるとともに、さらに流動方向に流動させるという、該方向に一定角度傾いている方向性を有するものであり、したがって、この突起t1、t2を多数整列したものを有する第一引用例・・・の流樋の底面は、本願発明の粗雑面とは、その構成を異にするものといわざるをえない。」として、原発明の「粗雑面」と被告特許の揺寄突起とは構成を異にすると認定判断し、その結果、審決には、第一引用例(被告特許の特許公報)及び第二引用例の流樋の底面が原発明の粗雑面の一種であるとしたことに事実誤認があることを理由の一つとして審決を取り消したものであって、この判決が確定したことにより控訴人は原出願の拒絶を免れ、その後前記3(三)のとおり特許する旨の審決がされたものと認められる。
以上認定したような原出願の経過、原出願に対する審決取消訴訟における控訴人の主張及びこれに対する判決の認定判断の内容を参酌すれば、原発明における撰別盤に形成された「粗雑面」とは、「流動摩擦抵抗を生じるようなザラザラした凹凸のある面で、凹凸の程度は選別しようとする穀粒よりも大きくなく、凹凸の形態において限定された方向にのみ揺り寄せることができるという方向性のないもの」と解釈すべきである。
5 出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要するものであること、並びに、本件発明について分割出願ができたのは、原出願に対する審決取消訴訟で、控訴人の主張を容れて審決を取り消した判決が確定し、さらに抗告審判の審理が行われたためであることを考慮すれば、本件発明の撰別盤の「粗雑面」の意味も、右4に判断した原発明における「粗雑面」と同じく、「流動摩擦抵抗を生ずるようなザラザラした凹凸のある面で、凹凸の程度は選別しようとする穀粒よりも大きくなく、凹凸の形態において限定された方向にのみ揺り寄せることができるという方向性のないもの」と解するのが相当である。
6(一) 控訴人は、分割出願である本件発明は、原発明とは別個の発明であるから、本件発明の特許請求の範囲の解釈に当たり、原出願の出願経過を参照する必要はない旨主張する。
しかしながら、本件分割出願に適用される大正一〇年特許法の下においても、出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要すると解される。そして、本件発明について分割出願ができたのは、原出願に対する審決取消訴訟で、控訴人の主張を容れて審決を取り消した判決が確定し、その判決の拘束力を受ける状態での抗告審判の審理が行われたためであるから、本件発明の分割出願の際には、既にもととなった原出願の願書に添付された明細書又は図面の記載の意味内容が、右確定した判決で明らかにされていたと解することができる。そうすると、本件発明を解釈するに当たり、右原出願に対する審決取消訴訟の内容等を参照する必要があることは当然であるから、控訴人の右主張は採用できない。
(二) 控訴人は、本件発明の原出願に対する審決取消訴訟において、一般的に「方向性のあるものは粗雑面ではない」等との主張をしたことはない旨主張する。
しかしながら、本件発明の原出願の審決取消訴訟における控訴人の主張を更に詳細に検討すると、前記乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、右訴訟における被告(特許庁長官)は、審決時から「本願発明の撰粒盤も、各引用例記載の流樋も、いずれも前後に振動するとともに、程度の差はあれ、上下にも振動するのであるから、本願発明において、・・・揺動角βを有するかどうかは設計上任意に取捨選択できる程度のことであり、両者は、この点において同一の発明に帰着する旨」(乙第一号証一〇七頁左欄一六行ないし二二行)主張しており、控訴人は、原発明と被告特許が斜上下動の点で同一と判断された場合に備えて、粗雑面の点で相違があることを主張する必要があったことが認められる。
そして、前記甲第六号証によれば、被告(特許庁長官)は、「揺寄せ突起に方向性があろうとなかろうと凹凸である以上粗雑面に違いがない」(甲第六号証二二頁六行、七行)と主張していたところ、右訴訟において原告であった控訴人は、「甲第四号証(被告特許の特許公報)のものは、流動摩擦抵抗という範囲をはるかに越えた水平押送作用をする特殊な方向性を有する揺寄せ突起であるから、全く本件発明でいう粗雑面とはその範囲を異にした別種のものである。」(同二二頁一行ないし五行)と主張し、さらに、選別思想が異なると主張する箇所では、「(甲第四号証の場合に、)特に流樋(盤)の揺動に揺動角を付与すると流樋上の米粒が一緒に斜上方向に運動するから頂端線から浮遊状に外れて乱れるとともに押送作用が激化して籾玄米合流の盛な循環流動が起こって撰別が不能に陥ってしまい、いずれにしても甲第四号証の流樋には、揺動角が有害無益な条件となっているものであるから、明瞭な揺動角など利用する道理がないのである。」(同一九頁九行ないし二〇頁一行)、「甲第四号証のものに上下の揺動角があると、かえって撰別が乱れて非常に不利になる事実は・・・甲第一一号証(本訴における乙第一五号証)第一頁第一区の揺動角βを0度の水平にした場合と20度に傾斜した場合の混合残留籾粒数により明白に立証されている。」(同二〇頁六行ないし一〇行)と主張していたことが認められる。この事実によれば、本件発明の原出願に対する審決取消訴訟における控訴人の主張は、本件発明の原出願の粗雑面は方向性を有するものも有しないものも含むから方向性を有する被告特許のものも包含すると主張するものではなく、かえって、水平揺動で押送、片寄せ作用を有する被告特許の流樋に斜上下揺動を与えると、選別が不能に陥ると主張していたものである(なお、前記乙第一号証によれば、右訴訟における東京高等裁判所判決(乙第一号証)も、右訴訟における甲第一一号証(本訴における乙第一五号証)の試験結果に基づき、「これによれば、上記<1>(注・揺動角が常に存在するように縦振動を与えた場合)、<2>(注・垂直状態の可動支持杆をその左右側に揺動して縦振動を与えた場合)の振動状態における本願発明の撰粒盤と第一引用例又は第二引用例の流樋の籾混入率との間には、その良否について全く反対の傾向を示したことが明らかであり、この事実は、両者がその構成、したがって、これに伴う作用効果を全く異にすることを物語るものということができる。」(一〇六頁右欄一七行ないし二三行)と判示していることが認められる。)。
以上に認定の事実によれば、控訴人の本件発明の原出願に対する審決取消訴訟における主張は、被告特許の選別板の突起一般について、斜上下揺動と組み合わせると選別ができなくなると主張していたものといわざるを得ないのであり、単に右審決取消訴訟における甲第一一号証(本訴における乙第一五号証)の試験に用いられた揺寄突起についてのみ本件発明の原出願の粗雑面と異なると主張していたにすぎないとか、一般的に「方向性のあるものは粗雑面ではない」とか主張していたものではないとする控訴人の主張は採用できない。
(三) また、前記乙第一号証によれば、右判決(乙第一号証)は、「本願発明は、撰粒盤に常に縦の揺動角βを有する縦振動を与える構成とした点において、この点の技術思想を欠く第一引用例の構成とは異なる技術思想に立つものというべく、両者を同一発明に帰するとした本件審決の判断は、他の点について審究するまでもなく、失当といわざるをえない。」(一〇七頁右欄三行ないし九行)との判断を示していることが認められるが、この点は、右判決(乙第一号証)が、粗雑面の点に加えて、揺動角の点も理由として審決を取り消したことを示すにとどまり、右第一引用例等の流樋の底面と原出願の粗雑面とが構成を異にすることを理由の一つとして原発明と第一引用例等記載のものとの構成上の相違点を看過誤認したことを理由に審決を取り消したとの前記3(一〇)における認定を左右するものではない。
7 控訴人は、流動摩擦抵抗の意味について、事実摘示第四、一2(四)(3)のように主張する。しかしながら、撰別盤が穀粒を引っ掛ける場合には、揺上方向に作用する力は、摩擦によるカが働くことによるものではなく、物体を直接押送する力であるから、流動摩擦抵抗という言葉の中に、穀粒を突起に引っ掛けて揺り上げる場合を含むものと解することはできない。このことは仮に砕米などの場合には引っ掛ける作用が働くことがあるとしても、右は撰別盤の揺上作用としては、例外的な場合とみるべきものであるから、同様である。
また、成立に争いのない甲第一五号証によれば、控訴人は、原出願の拒絶査定不服の抗告審判(昭和三六年抗告審判第二六五七号)手続において、昭和四八年六月一九日付け上申書(甲第一五号証)により、「本願発明の撰粒盤における粗雑面は下層に沈んだ玄米や砕麦粒を「粗雑面の抵抗によって」粗雑面に引掛けてH1に向け押進するものである。ところが、粗雑面を多孔壁となし下方より送風して玄米や砕麦粒を浮上させると、粗雑面に接触し難くなり粗雑面の有する摩擦抵抗を利用できず、玄米や砕麦粒をH1の方向に押進することができない。」(五頁六行ないし一三行)と主張していることが認められるが、前記認定のとおり、控訴人が本件発明の原出願に対する審決取消訴訟で「要するにザラザラしたもので」(甲第六号証二一頁五行、六行)と主張していることに照らすと、この表現自体、必ずしも穀粒を突起に引っ掛けて揺り上げる場合を含むことを意味していると解することはできない。
8 前記被告製品の原判決別紙物件目録(一)ないし(四)、前記検甲第一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一二号証によれば、被告製品の選別板21には突起54が多数整列配置されていて、その突起54は、板面からの立上り角度約七〇度で、かつ高さ約一・八ミリメートルで玄米粒を押送するA面66が形成されていて、このA面が穀物粒の流下方向である横方向に対して約四〇度の角度を保って多数整列配置されており、A面の頂上には長さ約三・八ミリメートルの頂端部分が形成されていること、突起54のA面と九〇度方向を異にし揺上側に面している側にはC面が形成されていること、米粒を板面に横にしたときの高さは、概ね一・八ないし二・ニミリメートル程度であること、A面及びC面を含め選別板21は、いずれもアルミニウム合金を素材とする滑面であることが認められる。
右認定事実によれば、被告製品の選別板21の突起54が多数整列配置された板面は凹凸のある面ということができるが、被告製品の選別板21は、A面及びC面を含めて、アルミニウム合金を素材とする滑面であって、手で触れたときにザラザラとした感触を与える程度の大きさの凹凸の形状が付されているものではなく、流動摩擦抵抗を生ずるようなものでない点、また、突起54は米粒とほぼ同等の高さを有し、板面からの立上がり角度約七〇度で玄米粒を押送する突起54のA面が穀物粒の流下方向に対して約四〇度の角度を保つて多数整列配置されているもので、少なくとも水平揺動時に限定された方向にのみ揺り寄せる方向性を有している点において、被告製品の選別板21は、本件発明の構成要件aの「粗雑面よりなる・・・撰別盤」に該当すると認めることはできない。
9(一) 控訴人は、検甲第二ないし第四号証等を根拠に、被告製品の選別板21は揺上時に板面上の穀粒を排出方向と直角の揺上方向へ移動させている旨主張する。
仮に控訴人主張の右事実が認められるとしても、本件発明の撰別盤の「粗雑面」の意味を、「流動摩擦抵抗を生ずるようなザラザラした凹凸のある面で、凹凸の程度は選別しようとする穀粒よりも大きくなく、凹凸の形態において限定された方向にのみ揺り寄せることができるという方向性のないもの」と解するとの結論に何ら影響がない。
すなわち、前記4及び6(二)で説示したとおり、控訴人は、本件発明の原出願に対する審決取消訴訟において、本件発明の原出願の粗雑面の意味について、水平揺動で押送、片寄せ作用を有する被告特許の流樋に斜上下揺動を与えると選別が不能に陥ると主張し、その判決(乙第一号証)も、右選別不能の事実を認定し、被告特許の流樋の底面が原出願の発明の粗雑面の一種であるとしたことに事実誤認があることを理由の一つとして審決を取り消したものである。そうすると、本訴における控訴人の主張は、特許取得過程で自ら粗雑面の有する意味についての限定を行い、そのことによって特許を取得できたのに、後になって、水平揺動で押送、片寄せ作用を有する被告特許の流樋が、斜上下揺動と組み合わせても選別が可能であると主張して、特許取得過程で行った主張と異なる主張をしようとするものであり、許されないといわなければならない。
(二) さらに、控訴人は、被告特許においては、起仰角θをもって立ち上がっている突起の上の縁辺が「頂端線」であり、かかる頂端線によって玄米粒を一側に「片寄せる」作用を奏するものであるところ、被告製品の選別板21の突起54は、頂端線を有していない、仮に、突起54のA面の頂上と上面との境界部分が頂端部分であるとしても、その部分は穀粒を押送するものでないとして、被告製品の選別板21の突起54は被告特許の揺寄突起ではないと主張する。
しかしながら、前記8に認定のとおり、被告製品の選別板21の突起54は、高さ約一・八ミリメートルであり、立上がり角度約七〇度のA面66は、概ね一・八ないし二・ニミリメートルの高さを有する最下層の玄米粒とはA面の高さの中間線よりやや下の線辺りで、玄米粒を横たえた場合の中央線より下の部分に接するものであるが、最下層の玄米粒の上に重なった玄米粒に対しては、A面の中間線より更に上の線(突起54のA面の頂上と上面との境界部分も含む。)で接するものと認められる。いずれの場合も、A面のうち玄米粒と接する線は、穀粒の流下方向に対して約四〇度の角度を保って多数整列配置されているものである。
そして、前記乙第二号証によれば、被告特許は、「流樋の流動方向に対し横斜或は横にのみ穀粒を揺寄せ得る角度を有する頂端線をもつ揺寄せ突起を流樋底面に多数整列せる揺動籾選別機」を特許請求の範囲とし、第2図に記載された突起t1、t2の構造も、切り起こされた金属板がある程度の厚みを持ったものであることが認められるところ、被告特許の採用する選別原理は、「揺動運動を加える時は、・・・籾粒と玄米粒との粒表面の摩擦度の差異により、玄米粒は低層部に沈下し、籾粒は上層部に浮上」(乙第二号証一頁左欄下から三行ないし右欄一行)した後、「その沈下している玄米粒のみに対し、揺動運動を更に二次的に突起t1、t2の頂端線8、8を以て右側或は左側に片寄せる作用をさせる」(同一頁右欄二行ないし四行)というものであり、この選別原理からは、沈下した玄米粒のみに対し片寄せる作用をさせるものであれば足り、被告製品の選別板21のA面のように、穀粒と接する部分が面状をなし、穀粒とその中央線より下の部分で接するものを含まないと解することはできない。また、被告特許の明細書及び図面(乙第二号証)中で説明されているものは、一枚の鉄片の一端を起仰角θで起こしたものであるため(乙第二号証一頁左欄二一行ないし二五行、第2図)、鉄片の高さが穀粒の高さとほぼ同一であれば、穀粒とその中央線より上の部分で接することになることが認められるが、被告特許の明細書(乙第二号証)には、被告特許が穀粒の中央線より上の部分で突起と接するものに限定していることを示す記載はなく、右認定の選別原理等を考慮しても、これを示唆する記載もない。さらに、弁論の全趣旨により被控訴人主張のとおりの実験結果を撮影したものと認められる検乙第三号証中の試験1によれば、被告製品の選別板21は、水平揺動において、被告特許の明細書(乙第二号証)の実施例に記載された揺寄せ突起を使用した場合と同一の選別作用を行うことが認められる。
そうすると、被告製品の選別板21の突起54のA面のうち、玄米粒と接する部分が被告特許の特許請求の範囲にいう「頂端線」に相当し、各突起の玄米粒と接する線(頂端線)が流樋の流動方向に対し一定方向をもって多数整列しているから、被告製品の選別板21の突起54は被告特許の構成要件を充足すると認められる。
したがって、控訴人のこの点の主張は採用できない。
10 控訴人は、甲第七号証に示された実験結果に基づき、事実摘示第四、一3のように主張する。しかしながら、控訴人が甲第七号証において示した実験結果は、被告製品の選別板を揺上側と揺下側を反対に取り付けて揺動させた場合は、選別板を五〇度の傾斜角度としたときに、流動摩擦抵抗が最大となるというものであるところ、そもそも右は被告製品の使用方法と異なる方法による実験結果である上、滑面の選別板であっても、ある程度の摩擦力が生じるものであることは当然推認されるところである以上、逆方向に取り付けても、ある条件下において選別が可能であるからといって、右により被告製品が当然「粗雑面」という要件を充足するということができないことは明らかであるから、控訴人の右の主張も採用できない。
11 よって、その余の点について判断するまでもなく、原判決別紙物件目録(一)ないし(四)に記載された被告製品は、いずれも本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
第三 結論
以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)